これまでの仲介で、売上額最高の時に税理士事務所を譲り渡したケースが数件あるが、これは極々まれ。
誰もがこれ以上ピークはないと言うのは認めたくないだろうし、たとえそうでも、譲ろうとは考えないのが普通。
それでは、最高の時に譲った税理士はどんな考えだったのか、それは不治の病が理由だろうと答える人がほとんどだ。
というのも、事業を辞める理由の一つが病気であり、年齢から来る気力、体力の減退で、事務所経営が困難になるから。
きっかけは不治の病だけではない
しかしそれだけではなく、自らの能力ではこれ以上事務所を拡大していくのは無理と判断したケースもあり、60代前半の税理士の例はその典型的なものだ。
開業30年で、従業員14名を抱えたある地方都市の税理士さんが相談に来社、その趣旨は事業をさらに拡大したいという。
一業種に特化して、この30年で最高の売上1億3000万円を誇っているが、一人でさらに事業を拡大するのは困難と判断。
税理士を雇って法人化することも考えたが、経営能力のない税理士だったら、足手まといになると思い、諦めた。
そこで、大きく飛躍して、事業欲が旺盛で、年々伸びている若手税理士の下に入り、彼の成長を楽しむこととした。
事務所を合併するのは、経営方針などでぶつかり、破綻することも考えられるので、自分を"殺す"ためにも事業を譲渡。
相手に選んだのは20歳近く下の開業10年、従業員20数名の税理士で、自分の経験や思いを経営に活かしてくれた。
もちろん、若手の税理士の下で、一切軋轢もなかったとは言わないが、事業は年々拡大したいという思いは満たされた。
70歳を迎え、十分役割は果たしたと考えパートナーの役割も卒業し、数件の顧客を見るだけにし、肩の荷を下ろした。
最盛期に事務所を譲ったことで、プライドも保たれ、相手も立場を尊重してくれたと思うと総括された。
まとめ
この事例はレアケースだが、年々売上を減少させ、最盛期の半分になった事例は本当に多い、これは宿命だろうか?