”職人”として事務所を引っ張ってきた60代の税理士が、突然の病で倒れた。
所長一人の力で事務所を拡大してきたが、後継者は育っていない。
数人が税理士試験に挑戦しているが、あと一科目という職員はいない。
そのうちの二人は40代で、会計の二科目は合格しているが、税法はゼロ。
一人はお子さんも小学生と幼稚園年長組、ここ数年は受験勉強時間も減少。
所長曰く、彼はもう熱が薄れ、多分合格は無理だろう。
税法一科目を合格している職員もいるが、なぜかこちらは会計がアウト。
簿記の試験は膨大な量の計算問題が出て、時間との勝負だという。
30代前半で会計をクリアしなければ、40代では合格は難しいともいう。
そんな事務所の所長に、死の宣告とも言われる不治の病が発見された。
それもステージ4だというので、職員の雇用を考え、当支援室に相談に訪れた。
内部事情を聴いてみると、上記のような状況で、後継者はいない。
所長からしてみれば、誰かが受かれば、その人に事務所を任せるつもりだった。
もちろん、12月の試験発表を待ってはいるが、受験者たちの顔色は悪い。
しかし、来年の試験を待つだけの時間的余裕はもうない。
そこで、職員の生活を守るために、事業承継を考えざるを得なくなった。
それも時間との勝負、職員全員が雇用されるのが絶対条件。
できればシステムも同じ人(法人)に承継し、労働条件も変えたくないという。
そこで最適と思われる候補の資料を提供し、ご家族とも相談してもらうことにした。
数日後、先生ご夫妻が事務所を訪れ、話を進めることになった。
結果、1か月後に推薦した事務所との経営統合がすんなり決まった。
職員には交渉過程では事細かく説明せず、結果のみを伝え、職員も全員了承。
契約後ただちに経営統合がスタートしたが、事務所も職員もそのまま。
先生も法人の支店の社員税理士となって、お客さんを安心させた。
経営統合がお客さんの理解を得た先生は、その数か月後に静かに旅立った。
一方で、何の対策も講じることなく、逝かれた先生も多いと思うが、職員たちはバラバラ。
それを思うと、この事例の先生には、職員たちも感謝感謝ではないだろうか。
事業承継・M&A支援室長
大滝二三男