税理士は常に守秘義務のなかで仕事をしていると言っても、過言ではない。
例えば、同業者との会話で「あそこはうちの顧問先ですよ」と言った。
何ということはないが、実はお客の情報を漏らしたことになる。
話を聞いた税理士が、「お宅はあそこに頼んでるんですね」と尋ねる。
これまた、同業者の情報を漏らしたことで、これまた違反。
5年ほど前に、ある地方で高齢の先生の事業承継を仲介した。
相手に選んだのが、その地方で1、2を争う有力な税理士法人。
税理士も非常に研究熱心で、職員もその熱意を引き継いだ、いい事務所。
全国的な研修団体にも加盟し、職員も参加し、時には研究発表もする。
たまたまその団体から、事業承継の現状を話すように依頼を受けた。
研究会当日、指定された時間に会場に赴き、研究発表を聞いていた。
そこで、数ヵ月前に事業承継の仲介を終えた、彼の法人の職員が発表中。
その内容は、職員の巡回に際しての注意すべき問題点などの体験談。
研究発表が始まった途端、耳を疑う言葉が飛び出した。
「帳簿付け主力の小さな事務所をエヌピーさんから紹介されて云々、」
続いて、「職員の教育も一切行っていない云々、」
確かに、地方の中小零細企業を客とする典型的な事務所を紹介した。
承継した事務所の所在地までも、なんの疑いもなく発表する有り様。
事例発表の事務所は支店になっているので、その地方ではすぐ分かる。
しかも、対価を支払ったが、顧問先がなかった減少して赤字だとも言う。
ここまで来ると、私も黙っているわけにはいかず、緊急の発言。
「弊社では事業承継の事例は公言しない。守秘義務があるからだ。発表者は
弊社と守秘義務契約を結んだ法人の職員であるから、それを守るべきだ。
事業を譲った先生の情報が赤裸々に語られ、しかも対象者が推測できる。
この発表は税理士法にも違反する内容なので、皆さんは無視してもらいたい」
発言した言葉は具体的には覚えていないが、主旨はこの通り。
司会役の税理士も私の発言を受け、対象者の秘密は守るよう゛指導゛。
しかし、すでに発表された内容で、承継された事務所は断定できてしまう。
研究会の趣旨が、事務所業務の改善方法等だったので、内容は良し。
会員のみのクローズされた研究会だが、守秘義務が犯すべきでなかった。
発表終了後、すぐに担当者が謝りに私の席まで来たが、すでに遅し。
人生で一度しかない事業承継をされた税理士の尊厳は、守れなかった。
これは、私の仕事が不完全に終わった一事例で、常に戒めとしている。
ですから、どうぞ具体的な事例はお訊きくださるな!
事業承継支援室長
大滝二三男