ほぼ6年前に事業承継の相談を受けた、地方都市の先生の話。
年の瀬も迫ったある日の夕方、事務所の電話が響いた。
電話口からは、微かに訛りのある低いトーンの声が聞こえてくる。
70歳を前にして、業務を辞めるかどうか悩んでいると言う。
電話だけでは、その悩みの原因が分からないので、面談を要請。
税理士として多忙な時期だが、なんとか時間を取ることができた。
そこで、その地方都市の駅前のシティーホテルでお会いすることに。
会ってみれば、電話の声から想像したより、かなり若い容貌の持ち主。
年齢の割に若く見えるので、何に悩んでいるのかを具体的に訊いた。
長年勤めている従業員が、自分の指示通りに動かなくなっていること。
それを追及すると、ダメなら辞めて他の事務所に移ると、言い放つ。
主要な客を担当しているので、辞められると、事務所も困る。
その職員が辞めて、客も付いていったら、経営も苦しくなるという。
先生が営業で獲得したお客だが、長年の付き合いで職員の味方に。
だから、職員の言いたい放題を許さざるを得ないというのだ。
しかし、先生が強力に指導しない限り、職員の態度は直らない。
辞めるなら辞めろとはっきりすべきで、うやむやにしてるのが問題。
誰に聞いても、先生のメリハリのある態度が必要と言うはず。
そんな話で終始し、結論がでないまま、別れることになった。
新年を迎え、年賀状は出したが、先生からは寒中見舞いの返信。
その後の職員との軋轢については、一切報告はなく、時は流れた。
そして、年賀状を交換すること5年、昨年秋、先生から直接の電話。
職員も辞め、事務所も正常になったので、事業承継を進めたいとのこと。
それまでの経緯を訊くと、冗長したベテラン職員に他の職員が反発。
ついには、職員たちが傲慢な上司を辞職に追い込んだという。
それまでの経過がお客さんにも知れ渡り、担当だったお客も納得。
その職員は辞めたことで、お客さんが離れることもなかった。
その結果、所長の意思を尊重した職員も事業承継に賛意を示した。
相談を受けてから、なんと2か月もしない内に、承継が完了してしまった。
これも先生との関係が、数回の年賀状で保たれたからこその結果だ。
おろそかにできなかった一通の葉書でした。
事業承継支援室長
大滝二三男