税理士事務所の就職するときに、誓約書にサインします。
その誓約書の約定に、「退社の際に顧問先を持っていきません」の一行が必ずあります。
実はこの約定を入れなければならないほど、職員の退社の際にお客さんが離れるわけです。
1年や2年の勤務ではお客さんともそれほど親密にはなりませんが、ベテランほど気になります。
ベテラン職員が辞める際には必ずと言っていいほど、その職員の担当先の契約解除があります。
それというのも、ベテランであればあるほど、顧客との”あうんの呼吸”ができています。
「所長に来てもらうと高くつくから…」と笑い、資料などはもっぱら職員に渡す社長さんもいます。
長年の資料のやり取りで、気心が知れる関係になっていますので、いざ辞めるとなると、「どうするの?」
「実は、××会計に行こうと思っています」なんて言えば、「それじゃ、移っても頼むよ!」なんてことに。
こういう時には、たぶん日ごろから不平不満を顧問先に話しているのでしょう。
この職員が税理士資格を持っていれば、もっと簡単です。
「独立するのか、それじゃうちの会社のことが一番わかっているあなたにお願いしよう」てな具合。
もちろん、税理士法で勤務税理士の営業行為は禁止されていますから、担当の顧問先の勧誘はご法度。
しかし、所長には不満で、新たに税理士を探すのは面倒くさいと躊躇していた顧問先には絶好の機会。
独立する勤務税理士が「残ってください。私は契約しません」といっても、「独立するんでしょ」で決着。
独立もしませんし、独立しても持っていきませんと明言していた人もちゃっかり持ち逃げ。
先日お会いした独立2年の税理士さんは、「前の事務所の契約を解除して、勝手に来てしまったんです」
いわく、「所長はここ数年お客さんと会ったおらず、私に任せ切りだったんです」
税務調査の立ち会いも、日ごろの経営相談もすべて勤務税理士が担当してきたという。
そろそろ、先生の恩義には応えるができたと思い、独立することを先生に話し、了解をもらった。
その際にも、お客さんは持っていかないと宣言し、一からスタート。
数か月後、「○○先生を辞めたから、お願いするよ」と、前の事務所の顧問先から声がかかりだした。
その社長の関連会社もそろって移ってきたから大変。どうしたらいいのかと、迷いに迷ったという。
でも、勤務先の所長さんに話したところで、よく言われるはずがなく、だんまりを決め込んだ。
本人にしてみれば、勝手を知っている関与先が来てくれたので、大歓迎のはずだが、胸中は複雑。
これこそ、「取った、盗られた」議論の両者の言い分。
何はともあれ、会計事務所の最大の”商品”は人間だけに、お客さんもそこを見ているのでしょう。
事業承継をお手伝いしていると、なぜ先生が変わるときに、お客が離れるかが分かります。
事業承継支援室長
大滝二三男