昭和29年12月といえば、日本のテレビ放送が始まった年であり、一部の過程にしかテレビそのものがなかった時である。それでも、力道山のプロレスは大人気!国鉄の駅前の街頭テレビは黒山の人だかり。
団塊の世代・680万人の第一期生が小学校1年生。物のないときに、k米国人プロレスラー・シャープ兄弟を空手チョップでなぎ倒すその姿に、街頭テレビの前の観衆は拍手喝采。鬼畜米国人の倒れる姿に溜飲を下げていた。
そんなときに、柔道界の怪人・木村政彦が敢然と力道山に挑戦状を突きつけた。といっても、力道山のプロレス興行にプロ柔道家・木村が参加したというのが本当ところのようだが、その模様がテレビ中継された。
日本テレビとNHKしかテレビ放送をないときに、なんとNHKまでもが中継をしたという前代未聞のこと。日本テレビはその後も長く、力道山の日本プロレス中継を茶の間に送り続けたが、NHKは一回限りだったか?
力道山の空手チョップや張り手などでノックアウトされた日本柔道界の巨星・木村政彦を描いた『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也著・新潮社刊、2,730円)がベストセラーになっている。
昨年9月発行以来、なんと14刷を数えている700ページに及ぶ大著である。私も発刊当時気にはなっていたが、あまりに分厚い本だけに読み切れるだろうかと、躊躇していたが、書評等も見ているうちに読まねばならないと決意。
ちょっと大げさだが、荷物の少ないときに購入。読んでいるうちに、子供の頃のテレビ中継が浮かんでき、さらに有楽町や神田の駅近くに設置された街頭テレビを思い出し、時代の流れを感じた次第。
この本に描かれたその時代は、日本の成長期。西欧に追いつけ追い越せ、そして敗戦からの脱却。戦後の復興の時期につながるだけに、物なき時代から物が多すぎる時代への出発の時期でもあった。
それだけに日本人としては、柔道の怪人・木村政彦に勝ってもらいたいという思いいれが、多少ともあったのだろう。半島出身のため横綱にはなれないと相撲からプロレスに転向した力動山を木村が破る期待もあったという。
そんな時代背景を語ってくれるこの『木村政彦はなぜ、』に中高年の男性が手に取り、大ベストセラーになっているわけだ。書店員に購入者の年齢層を聞いてみると、やはり、「中高年の方が多いですね」という。
中高年、過去の自分が育ってきた時代を見つめるためにこの本を手に取るようだ。総合格闘技の大ファンにとっては、力道山も木村政彦も伝説の格闘家。しかし、還暦を迎えた世代には、子供の頃の英雄たちだ。
そんな時代を思い起こさせる、格闘家たちの思い入れを知らせてくれる好著だある。いまや老境に入ろうとしている人々にとっては自分に生きてきた時代を顧みるのにいい材料を料理してくれた書物かもしれない。
事業承継支援室長
大滝二三男