作者は精神科医で、医療を題材にした作品も多く、『風花病棟』もそのひとつの短編集。
10編の短編小説は、小説新潮の依頼で、毎年7月号に掲載され、初掲載から10年で、完結した。
その作品『終診』は、診療所長が引退を公表してから引退の日までの日々を描いた習作。
その書き出しを少し長くなりますが、紹介したいと思います。
「お知らせ
当クリニックにおいて三十年間診療して参りま し たが、古希を迎えるにあたり、本年六月二 十七日、 金曜日をもって引退致します。(中 略)
患者の皆様へ
三月下旬、この紙をクリニック内と入口に掲示 してから、私はどこか肩の荷がおりた気がし た。ずっと山を登り続け、ようやく稜線の見え る所までたどりついた、頂上は近しという印象 だった。」
もちろん、税理士の引退と関連する内容はない。ただ、長年勤しんできた職業に別れを告げる思いは、共通のものがある。
著者が還暦を迎えた翌年の著作だから、10年後の自分を見ていたのかもしれない。
作品で語られる患者や同僚医師らとの交流も、自らが体験したことかもしれないが、その多くが心暖まるもの。
税理士事務所にお知らせの紙を貼る先生はいないが、顧問先にはかなり早く、意思表示をする。
作品では、診療所の後継所長に後輩の医師を指名し、患者に要らぬ心配を掛けないよう、万全を期している。
医師の場合は、何時でも転勤する用意が出来上がり、医師の交代は、患者もすんなり受け止める。
しかし、税理士にはこのような体制にはなく、後継者が顧問先に理解されるかが大前提。
もし、後継者が受け入れないと、税理士は引退することができず、改めて人材を探さなければならなくなる。
とはいうものの、今回の作品に書かれている引退までの日常は、仲介業務を行っている私には、胸に突き刺さる内容。
引退を決意した税理士も、仲介を依頼されてから日々そんな気持ちで過ごしていることに、思いを馳せる必要があると、気持ちを新たにした。
寝床で小説を読まなければ眠れないのだが、この短編は机に向かい読まなければいけない作品だった。
そして、初めて実名の作品名、著者名をブログに明らかにした作品でもありました。
事業承継・M&A支援室長
大滝二三男