税理士事務所の経営者にとって、自分が築いてきた事務所を後継者に譲るのは大事業。
お客さんのほとんどは、自分が開拓した30~40年前からの付き合い。
その流れの中で、後継者が育ってきたが、その人たちはお客さんの開発はほとんどなし。
積極的にお客さんをつかんできた税理士は、その数年後には独立していった。
言ってみれば、その後20年以上も、営業活動を一件もしてこなかった税理士のみが残っている。
通常、税理士事務所の営業担当者は所長税理士。売り物は所長しかいないというのが、通例。
とはいうものの、高齢になってきた税理士にとって、いまさら若手の税理士を育てようという意欲はない。
それだけに、独立しないで勤務税理士として残っている人に、後継を依頼しがちだ。
ところが、いざ事務所を譲りたいと話をすると、「先生が元気なうちは先生の下で!」というばかり。
事業承継のお手伝いを始めた時に、老夫婦が相談に訪れた。
勤務税理士にこの2年間、事務所を承継してほしいと話をしているのだが、返事がはっきりしない。
痺れを切らした先生は「こいつは、自分が死ぬのを待っているに違いない。」と判断。
その後、事務所は税理士法人と経営統合し、老先生も社員税理士として仕事を続行。
この勤務税理士も税理士法人に雇用されることになったが、1年後にお客を持って独立。
とんでもない税理士だったが、税理士法人サイドではよくある話と、追及はせず。
もちろん、この職員が持ち逃げした顧問先は、老先生が営業したお客さん。踏んだり蹴ったりだった。
そんな税理士になるのかどうか、数日前の相談はやはり一切営業のできない後継者の話。
勤めて20数年、一件だけ営業してきたがその顧問先も早々と、離れて行ってしまった。
所長の話では、税法などはしっかり勉強し、業務上は何ら問題はないという。
でも、自分で開拓した顧問先が一切ないので、所長としてやっていけるかどうかは判断できず。
同時に、事業承継の際にそれなりの対価を支払うことができるのかどうかも、はっきりしない。
所長先生は、その税理士に承継したいと思っているのだが、ただお客だけを持って行ってしまうのではと不安。
このような話に当支援室が直接間に入ることはほとんない。承継者がそれを嫌うからだ。
しかし、契約などをしっかりしておかないと、いざ乗っ取りなどとなった時には対応ができない。
それだけに自らが後継者と決めた人材の動向をつかめていないのでは、所長として失格の烙印。
このようなケースの場合は、その人となりをよく聞いて判断することになるが、その聴取先も所長。
そう、所長一人がその責任は負うことになるのだが、これは後継者育成に力を注がなかった故。
はたして「事務所に税理士は自分一人でいいのだ」という言葉は、事業承継には決定的な要件かも。
事業承継支援室長
大滝二三男